西神のぞうさん の え日記

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zoom RSS 70527 禅の言葉

<<   作成日時 : 2007/05/27 11:18   >>

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ブログに、一言をかくのですが
なんか、気の利いた、
いい発信ができないか考えております。
そんな初夏のある日、この本にであいました。
永岡書店発行の文庫本  価格 486円+消費税

ついでに、文章教室用の作品をも、ものにしました。
本の紹介のような。
おいしいところ8割いただき、そんな作品です。




両  忘 (りょうぼう)
最近購入した書籍
「ふっと心がかるくなる 禅の言葉」の中でみつけた言葉です。
「両方忘れろ」という禅語は、
好きと嫌い、真偽、善悪、美醜,幸不幸、生死など、
対立する二つの事柄の中で、
そうした二次元的な考え方をやめてみろといっているのだそうです。
好きなの?嫌いなの?イエスかノ―か?
 私達の生活の中には、白か黒かの判断を迫られる状況が山ほどあります。
 そんなとき、どちらかに決めるというのをやめ、
両方へのこだわりから抜け出すこと。
善悪を忘れる。生死を忘れる。
自分の内と外さえ忘れることの重要性を
教えてくださっているのだとのことです。
あれかこれかの価値判断から解放されると、
気持ちはぐっとラクになり、
「どっちだっていいことじゃないか」という余裕が。
 本来、世の中の物事すべてが白黒はっきりするわけではなく、
ことの善悪など、すぐに正しい判断がくだせるものでもありません。
曖昧なことをそのまま受け入れ、ただ精一杯に生きてみましょう。
ほどよく肩の力も抜けて、生死や苦楽にとらわることのない、
おだやかな清々しい日々がやってきます。
 との、概要が書かれておりました。
なるほど。そんな思いで、くらせるとしたら、
日々は好日となり、まちがいなく楽しい一日を積み重ねていける気がします。
白よし、黒よし、真ん中よし、真ん中の真ん中もまたよし。
なんですねえ。
只、齢をかさねても、両忘あたりで、留めておかねばならない気はします。
だって、全忘までいってしまうと、痴呆症なんてよばれそうですから。

 
掬水月在手 
     (みずをきくすれば つきてにあり)

慈悲の光はだれにでも注がれる
水を掬する(手ですくう)という。
あなた自身の働きかけがあって初めて、
月はあなたの心に入り、
自分のものとして感じることができるのです

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
いい言葉には、いい人生をつくる力がある・・・気にいりました。

私は以前は白黒はっきりつけたがる方だったのですが、開田で生活するようになって、どっちでもええやん〜という方に変って来たように思います。
この御嶽山の麓の大きな自然の中にいると、そんな気になってくるらしいです。
掬水月在手・・・奥の深い言葉、今体力的に疲れておりまして、思考力が鈍っておりますので、ゆっくり考えます。
風の森
2007/05/27 16:47
とても含蓄のある内容の え日記。

よ〜く読ませていただきました。

まずはぞうさんが「人とは? 人として生きるには? いかに生きるか?」などなど、いつも謙虚に素直にそして真摯に思考されてることに
頭が下がります。

よく「中庸を行く」とか「中庸の人であれ」とか言われますが、この両亡の考え方はわかりやすくていいですね。

要は「・・・であるべし」や「・・ねばならぬ」のように肩肘はった四角四面は疲れますよ!もっと力をぬいて全ての人や物事を受け入れたらどうですか?

とゆうことなんかなぁ、と私なりに解釈しました。

田辺聖子さんがよくおっしゃってる言葉に「まあ、こんなとこやなあ。
ぼちぼち行きましょか・・」とゆうのがあります。

やさしそうで難しいですが、今日のぞうさんの文章とあわせるとわかりやすいです。

いい事を教えてもらってありがとうございます。

masayo
2007/05/28 21:48
まあ、こんなとこやなあ。
ぼちぼち行きましょか・・

ですか!!!
そうですよねえ!!

いいこと教えていただきこちらこそ
感謝、感謝です。
西神のぞうさん
2007/05/29 06:56

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